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大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)2986号 決定

債権者

久田清朗

右代理人弁護士

武村二三夫

債務者

株式会社フレックス

右代表者代表取締役

猿渡豊

右代理人弁護士

工藤良治

三山峻司

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金四〇〇万円及び平成五年四月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、一か月金五〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者

1  主文第一項と同旨

2  債務者は、債権者に対し、平成四年八月から毎月二五日限り金五〇万円宛を仮に支払え。

3  申立費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  本件仮処分命令申立てをいずれも却下する。

2  申立費用は債権者の負担とする。

第二事案の概要

一  前提となる事実関係

1  債務者は、コンピューターのソフトウェアのシステム設計及びプログラミング作成の受託等を業とする株式会社である(〈証拠略〉)。

2  債権者は、平成元年二月に技術職(システムエンジニア)として債務者に雇用されて勤務するようになったが、債務者の営業力を強化するため、平成二年九月から営業部次長となり、その後組織変更により、平成三年四月から営業推進部次長、平成四年四月からは業務推進部次長となった(〈証拠略〉)。

3  債権者は、平成四年七月三一日、債務者から就業規則五三条二項四号(故意または重大な過失により、自己の権限外の行為をなし、または理由なく職務上の所属長の命令指示に従わなかったとき。)に基づき、同年八月一五日付で懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)を受け、その理由として、債務者の代表者である猿渡豊(以下「猿渡社長」という。)は、「CSKや、わしの指示どおり動かなかった。田中亜鉛や、赤を出したやろ。」と説明した(〈証拠略〉)。

二  債権者の主張

1  債権者には、債務者が主張する解雇事由に該当する事実はなく、債権者に対する本件解雇は、解雇権の濫用により無効である。

三  債務者の主張

1  債権者には、解雇事由として、次のような就業規則五三条二項四号またはこれに準ずるものとして、同項六号(故意または重大な過失により、会社の名誉、信用を毀損し、または会社に重大な損害を与えたとき。)及び一三号(その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき。)に該当する事実が存在する。

(一) 申立外株式会社CSK(以下「CSK」という。)の関係について

(1) 債務者は、CSKの依頼により、平成三年七月からCSKにおける申立外日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)向けシステム開発について債務者のシステム部に所属していたリーダー技術者洞和弘(以下「洞」という。)、メンバー技術者徳富士郎(以下「徳富」という。)及び同安田昌弘(以下「安田」という。)の三名を派遣していたが、平成三年暮れころ、直接契約を中心に業務を推進し、発展性のない二次派遣は止める方針が債務者の社内で決まり、右CSKへの派遣が二次派遣の業務形態で採算性が悪かったうえ、CSKと取引を継続しても将来あまり利益が期待できないと判断したため、派遣期限である平成四年六月末をもって、右派遣を終了させ、派遣していた右三名全員を引き上げさせることを決定し、平成四年二月初めころ、債権者に対し、CSKと交渉して右三名を引き上げるように指示した。

(2) ところが、債権者は、右業務命令を無視して独断で、CSKとの間で、徳富と安田の引上げのみを交渉して、平成四年三月末にその両名を引き上げ、洞については、債権者は、債務者に対し、「洞君もちゃんと引き上げます。」と報告していたにもかかわらず、CSKとの間で引上げの交渉をしておらず、結局平成五年三月末まで継続して派遣せざるを得なくなった。そして、リーダー技術者一名のみを残留派遣するという形態は、債務者にとって最も採算性の悪いものである。

(3) 右のように債権者は、営業の責任者であったにもかかわらず、債務者の営業方針や利益を無視し、債権者が以前CSKに勤務していたこともあって、CSKの利益を図る意図のもと、三名全員の引上げの指示に従わず、二名の引上げの交渉をなし、リーダー技術者一名のみを残存するという最悪の交渉を独断でなし、債務者に損害を与えた。

(二) 申立外田中亜鉛鍍金株式会社(以下「田中亜鉛」という。)の関係について

(1) 債務者は、申立外関西日本電気ソフトウェア株式会社(以下「KNES」という。)から、田中亜鉛のシステム開発のプロジェクトに関し、技術者派遣の要請があり、平成三年八月上旬ころから外注した技術者をKNESに派遣していたが、当初から債権者が右派遣の営業担当責任者であり、かつ、プロジェクト管理者であって、現場の作業進捗状況の把握とプロジェクト支援上の営業収支の把握の業務を遂行する必要があった。すなわち、債権者は、プロジェクト管理者として、現場の作業進捗状況を把握して、KNESに対し、作業工程に応じて作業進捗状況報告書を提出することが必要であり、また営業収支の把握については、作業進捗状況を把握したうえ、工程数の増加に応じて、外注費が上昇するので、KNESに作業進捗状況を報告したうえ交渉し、請負代金を増額させるなどして営業収支のバランスを図る必要があり、この点について、猿渡社長は、債権者に対し、KNESとの交渉を指示していた。

(2) ところが、債権者は、作業進捗状況について十分な把握をせず、またKNESに対しても、作業進捗状況について適切な報告をしていなかったため、KNESから作業進捗状況の把握や報告が不十分である旨の苦情が寄せられた。また田中亜鉛のシステム開発については、当初予定の約一・五倍程度の工程数になり、工程数の増加に伴う外注の派遣技術者に支払う経費等は増大したが、債権者は、工程数を把握したうえ、各工程の完了毎に発生した工程数の増加分につき、KNESと交渉して請負代金の増額を図る必要があったのに、工程数の増加を把握してその増加発生毎にKNESと請負代金の増額交渉をしなかったため、債務者は、KNESから工程数の増加に見合う請負代金の支払いを受けられなかった。そして、債務者は、債権者に対し、何回もKNESに対する売上げと外注費に関する管理資料の提出を求めたものの、債権者はこれに従わなかった。右のように債権者が、債務者の指示に従わず、全く採算や予算を度外視した営業行為ないしプロジェクト管理を行った結果、債務者は、田中亜鉛のシステム開発に関し、約一四〇〇万円の赤字を計上することになった。

(三) 債権者の営業活動や勤務態度について

債権者は、その営業成績に照らし、適切な営業活動をしていたとはいえないし、また債権者は、週一回の営業会議に報告書を提出することが極めて少なく、報告書を提出しても、その内容は適切なものではなかった。そして、債権者は、義務付けられているタイムカードの打刻を行わず、また勤務時間中に他の多くの社員がいる前でおおっぴらに爪を切るなど、社内風紀上好ましくない執務態度が再三あり、これを何度注意しても改める様子はなかった。

2  本件解雇の了解について

債権者は、本件解雇に伴う退職金の支給について、自己の振込先を積極的に債務者に告げ、また解雇を前提とする雇用保険関係の手続きを行うために印鑑を債務者に預けるなどし、本件解雇を了解していた。

第三当裁判所の判断

一  CSKの関係について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 債権者は、平成三年三月末ころ、CSKから日本生命の厚生年金システム開発の引合いを受け、同年五月下旬ころ、物件チェックリスト(証拠略)を作成したうえ、債務者の取締役で、ソフトウェア営業本部担当の申立外西村尊之(以下「西村」という。)に相談し、平成三年六月三日の営業会議において要員の選定が行われたうえ、CSKから右システム開発の発注を受けることになったが、今後のCSKとの取引上の利益を考慮して、社内原価を割った価格で受注した。そして、債務者のシステムエンジニアであった洞、プログラマーであった徳富及び安田の三名を派遣することになり、平成三年七月一日、右三名の派遣に関する技術者派遣個別契約が締結されたが、同契約書(〈証拠略〉)では、派遣期間は、平成三年七月一日から平成四年六月三〇日までとなっていた。なお、右物件チェックリストでは、作業期間は平成三年七月から平成五年三月までとなっていた。(〈証拠略〉)

(二) 派遣当初、徳富と安田が洞の下で作業をしていたが、徳富と安田にとって負荷の大きい作業であったため、債務者からCSKに対し、徳富と安田の作業変更を申し入れ、両名は、平成三年一〇月ころから洞の下を離れて別の部門の作業をしていた(〈証拠略〉)。

(三) その後債務者は、CSKとの取引を継続しても将来利益を得ることが難しいと判断し、平成四年二月七日ころの営業会議において、猿渡社長及び西村が債権者に対し、CSKから洞、徳富及び安田の三名の引上げを指示した(〈証拠略〉)。

(四) 債権者は、同年二月一七日、CSKに対し、派遣要員の引上げの申入れをなし、同月二四日の営業会議では、CSKの意向をそのまま報告したが、その際日本生命の厚生年金システム開発が長期案件であることの説明をした。そして、猿渡社長から同年三月末の引上げの指示があったので、さらにCSKとの間で右三名の三月末引上げの交渉をした(〈証拠略〉)。

(五) 債権者は、同年三月六日の営業会議において、徳富と安田の同月末の引上げが可能になったことの報告をしたところ、猿渡社長が洞の引上げの可能性を確認したので、債権者は、洞の引上げについては交渉中であると報告した。また債権者は、同月一三日の営業会議において、CSKが徳富と安田について、洞とともに三人体制で残留させることの検討を考慮したい意向であること、及び洞については、引上げに応じられない意向であることを報告した。さらに債権者は、同月一九日の営業会議において、徳富と安田につき、同月末での引上げが確定したこと、及び洞については引上げ交渉を継続すると報告した。そして、債権者は、同月二七日の営業会議において、CSKが洞の引上げについて強行な姿勢で反発し、猿渡社長との話合いを求めたことを報告した。(〈証拠略〉)

(六) そこで、猿渡社長は、同年三月三一日、CSKに赴いて、洞の引上げを求めたが、CSKは、洞が日本生命の厚生年金システム開発に必要で、引き上げることによる影響の大きさを述べて右要求を拒否し、交渉継続となった。また猿渡社長は、同年四月八日にもCSKとの間で洞の引上げを求めて交渉を行ったが、交渉は平行線をたどって結論が出ず、猿渡社長は、派遣継続であれば、単価の引上げと週一回の午前中の帰社について考慮して欲しい旨の提案を行った。その後債権者は、同年五月一日、CSKに対し、洞の引上げの要求を撤回し、単価引上げ等の条件で平成五年三月末まで洞の派遣を継続することを伝え、平成四年五月一五日の営業会議でその旨報告した。そして、債務者は、平成四年七月一日、CSKとの間で、右の内容の技術者派遣個別契約を締結した。(〈証拠略〉)

2  債務者は、CSKから受注した日本生命の厚生年金システム開発の案件の派遣期間が平成四年六月末までであったと主張する。なるほど技術者派遣個別契約書では平成四年六月三〇日までとなっているが、債権者がCSKから日本生命の厚生年金システム開発の案件の引合いを受けた際に作成した物件チェックリスト(〈証拠略〉)には、作業期間が平成五年三月までとの記載があること、債権者作成の平成四年二月二四日付週間活動報告(〈証拠略〉)には、CSK談とはいえ、長期案件との記載があること、猿渡社長は、引上げの時期については特に指示せず、契約期間が満了する平成四年六月末まで引上げができなくても仕方がないと判断したと供述するところ、派遣期間が平成四年六月三〇日までであれば、期間満了を待てば引上げが可能であったのに、敢えて引上げを指示したのは、実際の派遣期間が平成四年六月三〇日までではなく、長期の案件であったと考えられることなどの事情を考慮すると、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律の規制により、技術者派遣個別契約書上は、派遣期間を一年としたものの、当初からの派遣期間の予定は、平成五年三月末までであったというべきである。

なお猿渡社長は、一年を越える長期の契約であることは聞いておらず、長期契約であれば、採算の悪い契約であったので、CSKとの間で契約を締結しなかったと供述し、また洞も、仕事の期間が一年と聞いていたと供述するが、右事情に照らし、にわかに信用することができない。

3  債務者は、債権者が三名引上げの業務命令を無視して独断で、CSKの利益を図るため、徳富と安田の二名のみの引上げ交渉をなし、洞については、引上げ交渉をしていなかったと主張する。

なるほど、債権者は、平成四年一月下旬ころ、西村から、洞とは別の部門で作業をしていた徳富と安田の二名の引上げの指示があり、両名については、次の仕事先が確保されていたので、当初は二名引上げの交渉をしたと供述するので(〈証拠略〉)、債権者は、CSKとの間で、当初徳富と安田の二名の引上げ交渉をしていたと認められなくもない。しかし、債権者作成の週間活動報告(〈証拠略〉)によると、前記認定のとおり、債権者は、少なくとも平成四年二月下旬以降はCSKとの間で、洞を含め三名の引上げの交渉をしていたというべきである。

なお猿渡社長は、平成四年三月三一日、CSKに赴いて、洞の引上げを求めた際、CSKが「二名の引き上げは、債務者から言い出したことで、洞については、債権者との間で延長の方向で話をしているのに、今更ひっくりかえせというのか。」と述べて拒絶した旨の供述をするが、前記認定のとおり、債権者は、それ以前において、洞についても引上げ交渉をしていたが故に、CSKが猿渡社長との話合いを求めたのであって、このことに照らしても、債権者が洞について延長の方向でCSKと交渉をしていたとは認められないので、猿渡社長の右供述はにわかに信用することができない。また洞は、債権者から、平成四年二月ころ、「君は引き続き日本生命だ。」と何回も聞き、また平成四年五月一五日に債権者と洞がCSKの担当者と会食した際、CSKの担当者から、債権者と相談して以前から契約延長の話を進めており、債権者が契約延長の交渉についてCSKに協力したことに感謝する旨の発言があったので、契約延長の話は、債権者がCSKとの間で勝手に取り決めたと感じたと供述するが、右供述はこれまでに認定した事実に反し、洞の誤った推測に基づく供述というべきであるから、洞の右供述もにわかに信用することができない。

4  以上の事実を考慮すると、結果的にCSKが洞の引上げ要求に応じなかったので、洞の引上げはできなかったが、債権者は、CSKとの間で洞、徳富及び安田の三名の引上げ交渉を行っていたというべきであり、債務者の指示に反し、CSKとの間で徳富と安田の二名のみの引上げ交渉をし、洞については引上げ交渉をしていなかったとは認められない。

従って、債権者が行ったCSKとの間の要員引上げ交渉をもって、債権者が債務者の業務命令に従わなかったということはできないので、就業規則五三条二項四号の懲戒解雇事由に該当しないし、他の懲戒解雇事由にも該当しないというべきである。

二  田中亜鉛の関係について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 債権者は、平成三年七月下旬ころ、KNESから田中亜鉛におけるコンピューターの生産管理システム全部と販売管理システムの一部の開発の引合いを受け、債務者の取締役で、第二システム部の部長であった申立外弘田稔博(以下「弘田」という。)とともに、KNESから作業内容(上流工程から下流工程まで)の説明を受け、債務者は、右各システム開発を請け負うことになった。そして、同年八月上旬から上流工程である基本設計や概要設計の作業が開始されたが、上流工程においては、KNESが主体となって開発作業を行い、KNESから債務者に工数の指示があれば、債務者が工数に応じたシステムエンジニアの外部要員を派遣して基本設計や概要設計に当たらせるという支援型の形態となった。(〈証拠略〉)。

(二) 債権者は、上流工程において、外部要員の派遣にあたり要員の手配や確保等を行い、また外部要員のシステムエンジニアから基本設計書や概要設計書の交付を受け、さらにKNESの現場責任者であった申立外宮本和幸主任(以下「宮本主任」という。)からスケジュールの見直し等を聞いたり、スケジュール案の送付を受けたこともあったが、債権者が田中亜鉛の作業現場に初めて行ったのは、平成四年二月二六日ころであった。他方、弘田は、債権者に指示して見積書(〈証拠略〉)を作成させたうえ、平成三年一〇月二四日、KNESに右見積書を送付させ、また平成四年一月一六日には宮本主任と打合せをし、その際概要設計が同年二月末に完了し、本番稼働が同年八月か九月ころになる旨のスケジュール延期のことを聞き、また概要設計の一月部分の検収を依頼した。そして、弘田は、同年一月二八日にも債権者に指示して見積書(〈証拠略〉)を作成させ、これをKNESに送付した。なお右各見積書には、総括責任者が弘田である旨の記載がある。(〈証拠略〉)

(三) 上流工程は、当初の予定では平成四年一月末に完了することになっていたが、同年三月上旬ころ上流工程が完了し、その後下流工程である詳細設計の作業に移行したが、下流工程においては、債務者がKNESから一括してシステム開発を請け負うという形態となり、外部要員をもって、開発作業に当たることになった。債務者のプロジェクト管理者としては、作業進捗状況を把握し、KNESに随時報告するとともに、工数の規模の増減が生じたときは、その費用交渉を行うなどして、外注費と受注費の収支の照合や調整を図る必要があった。(〈証拠略〉)

(四) 債権者は、下流工程の作業開始にあたり、平成四年二月中旬ころからKNESが行う詳細設計以降の対応予定の協力会社に対する説明会や進捗会議に出席し、また宮本主任と交渉し、見積書に準じた平成四年三月一日付概算書(〈証拠略〉)を作成して猿渡社長に提出した後、田中亜鉛のシステム開発のうち、生産管理システムと販売管理システムの一部について見積書(〈証拠略〉)を作成し、猿渡社長と弘田の決裁を受けたうえ、同年三月一〇日、KNESに右見積書を提出し、弘田とともに宮本主任と打合せをした。また債権者は、一週間に一回の割合で進捗管理表を宮本主任に提出していたが、現場のリーダーのシステムエンジニアにも進捗状況の資料を作成させ、これを提出することもあった。(〈証拠略〉)

(五) ところが、平成四年四月ころから債務者の外注先である申立外株式会社リック(以下「リック」という。)の担当であった生産管理システムの一部分の遅れが目立つようになり、同年五月中旬から下旬にかけて、KNESの宮本主任やその上司等から弘田に対し、債権者の現場における作業進捗状況の把握が不十分で、KNESが求めている適切な報告がなされていない旨の苦情が寄せられたので、弘田は、債権者に指示し、KNESが要求する報告書を作成させて提出した。そして、作業の進捗状況の遅れから、同年五月下旬ころ、本番稼働の予定時期が同年九月に延期となった。その後も、リックの担当部分の作業は進捗せず、債務者は、同年六月からシステム開発の作業を支援するため外部要員を投入し、さらに同年七月にはリックの担当部分を引き取って他の外部要員に担当させるなどの対策を取った。(〈証拠略〉)

(六) ところで、KNESにおける平成四年三月一六日の進捗会議において、KNESは、田中亜鉛のシステム開発に関する予算がすでに赤字であること、及び販売管理システムにつき、予想規模を縮小する方向で規模の見直しをすることを説明した。またKNESは、同年三月下旬ころ、販売管理システムにつき、当初は既存のシステムを改造する予定であったが、新規にシステム開発をすることにし、それに伴って規模が増加して田中亜鉛との間で費用面の交渉が難航することが予想される旨の説明をした。そして、債権者は、販売管理システムにつき、KNESからの指示に基づく規模の縮小と言語の変更等によって見積規模に変動が生じたとして、同年五月二一日、確定した規模に基づく費用明細をKNESに提出し、また生産管理及び販売管理の各システム開発の規模の増加が判明したので、西村に報告したうえ、同年六月一日の営業会議においても、システム開発の規模が増加することを報告した。なお西村も、債権者の報告に基づき、同年五月二九日付週間活動報告書(〈証拠略〉)をもって、生産管理及び販売管理の各システム開発の規模が増加する見込みであるが、その増加分につき、KNESとの間で契約ができておらず、KNES自体も赤字を出しているので、増加分の費用について全額回収できるかなどについて問題があると指摘した。そこで、債権者は、KNESとの間で、同年六月一〇日、同月一八日及び同月二二日にそれぞれ増加分についての費用交渉をしたが、KNESは、増加分について支払いの意思がないことを表明し、同月二二日には、KNESの申立外東野宏司主任が債権者に対し、販売管理システムの規模の増加につき、その大半は、債務者の概要設計の過誤に基づくもので、見積規模が変動したとは認められない旨の書面(〈証拠略〉)を交付した。しかし、債権者は、生産管理及び販売管理の各システム開発の規模の増加による費用請求をするため、KNESに対し、生産管理システムの一部の開発の遅れによって生じた増加分を除いた規模の増加による費用明細を説明する報告書(〈証拠略〉)を提出して再考を求めたが、KNESがこれに応ぜず、さらに規模が増加した背景や根拠を説明した報告書(〈証拠略〉)を提出し、同年八月三日、猿渡社長や弘田の出席を求めてKNESとの間で、規模増加による費用増額等の交渉をしたところ、KNESは、増加分支払いの責任を否定することはなく、むしろ外注枠がなく、KNESの現況から費用を出すことは難しいと述べて、規模増加による費用増額に応じなかった。(〈証拠略〉)

(七) その結果、債務者は、田中亜鉛のシステム開発につき、平成四年八月時点で金一二六五万円余りの赤字を計上したが、その多くは、KNESが規模の増加による費用増加額を支払わなかったことによって生じたものである(〈証拠略〉)。

2  債務者は、田中亜鉛のシステム開発のプロジェクト管理者が上流工程から債権者であったと主張する。

なるほど前記認定のとおり債権者は、上流工程において、外部要員の派遣にあたり要員の手配や確保等を行い、また外部要員のシステムエンジニアから基本設計書や概要設計書の交付を受け、さらに宮本主任からスケジュールの見直し等を聞いたり、スケジュール案の送付を受けたりしていたが、他方、弘田も、田中亜鉛のシステム開発を請け負う前の作業説明会(ヒアリング)に債権者とともに参加し、また債権者に指示して、見積書(総括責任者が弘田である旨の記載がある。)を作成させてKNESに送付させたうえ、宮本主任と作業進捗に関する打合せをしたこともあった。

そして、猿渡社長は、作業の遅れが目立った段階で債権者にプロジェクト管理を指示したが、その時期ははっきり覚えていないうえ、債権者に指示するまでは、プロジェクト管理者は弘田だったと思うが、平成四年三月以降プロジェクト管理者が債権者だけであったのか、弘田と債権者の二名がプロジェクト管理者であったのかは答え難いと供述し(〈証拠略〉)、また西村も、上流工程では、はっきりプロジェクト管理者を選任していなかったと供述する(〈証拠略〉)。さらに債務者において作成された平成四年四月二三日付第二システム部プロジェクト管理一覧(〈証拠略〉)及び同年五月二五日付第二システム部プロジェクト管理一覧(〈証拠略〉)では、弘田が田中亜鉛のプロジェクト管理者である旨の記載があり、また弘田は、平成四年四月二三日ころ、債権者の同席を得ないで、作業の遅れが出ていたリックとの間で進捗状況の確認をしているうえ(〈証拠略〉)、同年五月中旬以降KNESから苦情が寄せられたのは弘田であった。なお債権者は、平成三年三月六日の営業会議において、猿渡社長からプロジェクト管理の指示を受けたと供述する。

右の事情を総合すると、田中亜鉛のシステム開発の上流工程につき、プロジェクト管理者が明確に定められていたか否かについては疑問があるが、少なくとも債権者がプロジェクト管理者であったとの疎明はなく、むしろ弘田がプロジェクト管理者であったというべきである。ただ債権者は、営業担当として、要員の手配や確保等の業務を行っていたので、スケジュールの内容を把握していたということができる。そして、債権者は、下流工程に入る直前の平成四年二月下旬以降プロジェクト管理の業務を行うようになったというべきである。そして、弘田も、下流工程において、プロジェクト管理者から外れたとは認められないので、債権者の認識に反するが、債権者とともにプロジェクト管理者であったというべきである。

なお弘田は、田中亜鉛のシステム開発については、営業面のことは債権者に任せ、現場でも、KNESやシステムエンジニアとの交渉は債権者が行っていたので、自分がプロジェクト管理者であったとの認識はないと供述するが、右の事情に照らすと、にわかに信用することができない。

3  債務者は、債権者が営業担当ないしプロジェクト管理者として、作業進捗状況を把握してKNESにその進捗状況を報告しなければならなかったのにこれを怠り、KNESから苦情が寄せられ、また作業の工程数の増加に応じて外注費が上昇するので、KNESに作業進捗状況を報告して交渉し、請負代金を増額させるなどして営業収支のバランスを図る必要があったが、KNESとの交渉をすることなく外注先に独断で発注した結果、KNESから工程数の増加に応じた請負代金の支払いが受けられず、債務者は、田中亜鉛のシステム開発に関し、約一四〇〇万円の赤字を計上することになったと主張する。

前記のとおり上流工程におけるプロジェクト管理者は、弘田であって、債権者ではなかったので、上流工程におけるプロジェクト管理者としての責任を債権者に負わせることはできないというべきであり、また上流工程における債権者の営業担当としての責任も認められない。

もっとも、債権者は、平成四年二月下旬以降はプロジェクト管理者の地位にあったので、下流工程における作業進捗状況を把握し、その都度KNESにその進捗状況を報告する必要があったところ、債権者は、平成四年五月ころまで進捗管理表を提出するなどして、宮本主任に作業進捗状況を報告していたが、その進捗状況の把握が不十分で、報告の内容も適切でなかったため、同月中旬ころには、KNESから要求した適切な進捗状況報告がなされていない旨の苦情が弘田に寄せられたのであるから、債権者の作業進捗状況の把握ないしはその報告に問題があったと考えられる。また債権者は、営業収支の照合ないしはシステム開発の規模増加による工程数の増加の有無の照合をどのように行っていたかについて具体的に明らかにしていない。

しかし、KNESにおいて、田中亜鉛のシステム開発に関しては、平成四年三月当時すでに赤字となっており、また同年八月三日のKNESと債務者との間の費用増額交渉において、KNESは、債務者側のプロジェクト管理の過誤を指摘したり、増加費用の支払い責任を否定したりすることはなく、むしろKNESに外注枠がないなどのKNES側の事情を述べて、増加費用の支払いに応じなかったものであるから、システム開発の規模の増加による費用の支払いを受けられなかった理由が債権者のプロジェクト管理の過誤にあったということはできない。そして、田中亜鉛のシステム開発について生じた債務者の赤字の原因の多くは、規模の増加によって生じた費用をKNESが支払わなかったことにあるので、債権者のプロジェクト管理の過誤によって赤字が生じたとしても、その金額は多くなかったというべきである。

なお弘田は、田中亜鉛の関係で赤字が出たのは、債権者がプロジェクト管理をするにあたり、KNESから見積依頼書が来て、債務者が見積書を出す段階で、工程数の増加によって未発注のものがないかを照合し、増加部分についても請負代金の増額が得られるように交渉する必要があったのに、これを怠ったため、KNESが請負代金の増額に応ぜず、その結果債務者が約一四〇〇万円の赤字を計上することになったと供述する。しかし、前記認定のとおりシステム開発の規模が平成四年五月ころまで確定せず、その確定前に費用増額の交渉が可能であったか疑問であること、また債権者は、開発規模が確定した後の平成五年五月下旬ころから費用増額交渉を行っていること、KNESが請負代金の増額に応じなかったのは、KNESに外注枠がなかったことによるものであることなどの事情に照らすと、債務者が赤字を計上した原因が弘田の供述する債権者のプロジェクト管理上の過誤にあったということはできないので、弘田の右供述はにわかに信用することができない。また猿渡社長は、債権者に対し、上流工程から外注費と受注費をうまく調整して収支のバランスを図るよう指示していたと供述するが、何時、どのように指示していたのか具体的に明らかにされていないので、猿渡社長の右供述も信用することができないというべきである。さらに債務者は、債権者に対し、KNESに対する売上げと外注費に関する管理資料の提出を求めたが、債権者はこれに従わなかったと主張するが、これを認めるに足りる疎明資料はないので、右主張は採用しない。

4  以上によると、債務者は、下流工程において、プロジェクト管理者として、作業の進捗状況を十分把握して適切な報告をする必要があったのに、進捗状況の把握が不十分で、KNESが要求する適切な報告をしていなかったため、これが一因となって作業の遅延や費用の増加が発生したということができる。しかし、債務者においては、田中亜鉛につき、プロジェクト管理業務の責任分担がはっきりしていなかったため、プロジェクト管理者であった弘田は、KNESから苦情が寄せられるまで、進捗状況をほとんど把握しておらず、プロジェクト管理者の職務を遂行していなかったのである。そして、上流工程の概要設計の段階からシステム開発が遅れており、また販売管理システムの規模増加については、債権者に責任があったとは認められないうえ、KNESは、債務者からの費用増額の要求に対し、KNESに外注枠がなかったことなどを理由に支払いに応じなかったのである。従って、右の事情を考慮すると、田中亜鉛のシステム開発について生じたトラブルや赤字の発生の責任をすべて債権者に負担させることはできないというべきである。

よって、田中亜鉛のシステム開発についての債権者の業務活動をもって、就業規則五三条二項四号、六号及び一三号所定の各懲戒解雇事由に該当するということはできない。

三  債権者の営業活動や勤務態度について

1  債務者は、債権者の平成三年度の営業成績が別紙(略)営業売上のとおりであり、これによると、外注比率が高く、営業収益が上がっていないうえ、全部または一部について債務者の技術者を使用した案件であっても、すべて赤字であるから、債権者が適切な営業活動をしていたとはいえないと主張する。

しかし、平成三年度の営業成績が結果的に右のとおりであったとしても、もともと赤字を計上することを予想して請け負った案件もあり(〈証拠略〉)、債権者が必ずしも適切な営業活動をしていなかったとはいえないので、右の営業成績をもって、直ちに就業規則五三条二項所定の懲戒解雇事由に該当するということはできない。

2  債務者は、週一回開催される営業会議において、営業担当者が報告書を提出して営業報告をしているが、債権者は、報告書を提出することが極めて少なく、報告書を提出しても、事後報告がほとんどで、営業過程における経過報告やタイムリーな報告をすることはなかったと主張するが、疎明資料として提出されている債権者の報告書に照らすと、右主張は理由がなく、債権者の営業報告をもって、就業規則五三条二項所定の懲戒解雇事由に該当するということはできない。

3  債務者は、債権者が出勤・退社時に義務付けられているタイムカードの打刻をせず、また勤務時間中に他の多くの従業員がいる前でおおっぴらに爪を切るなど、社内風紀上好ましくない執務態度が再三あり、これを何度注意しても改める様子がなかったと主張する。

本件疎明資料によると、債権者は、入社後しばらくしてタイムカードを打刻しなくなったことが認められるものの、その点について、債務者が債権者に対し注意指導したとは認められない。また本件疎明資料によると、債権者が勤務時間中に爪を切ったことは認められるものの、頻繁にあったとは認められない。従って、右の事情をもって、就業規則五三条二項所定の懲戒解雇事由に該当するということもできない。

四  本件解雇の了解について

債務者は、債権者が、本件解雇に伴う退職金の支給について、自己の振込先を積極的に債務者に告げ、また本件解雇を前提とする雇用保険関係の手続きを行うために印鑑を債務者に預けるなどし、本件解雇を了解していたと主張するが、本件疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者は、本件解雇の通告された平成四年七月三一日以降、解雇予告通知書の受領を拒否するなど、本件解雇を争う態度を示していたと認められ、債務者が主張するような事実があったとしても、それをもって、債権者が本件解雇を了解していたということはできないので、債務者の右主張は採用しない。

五  本件疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者は、平成四年一月一三日ころ、猿渡社長に対し、平成三年度の昇給分の支払いを要求し、その結果平成三年四月に遡って支給されることになり、平成四年二月分において精算されたこと、猿渡社長は、債権者に対し、平成四年初めころ、債権者の勤務態度が悪く、十分な営業活動をしていなかったと主張して、営業を辞めて、技術者に戻るかと問い正したところ、債権者は、営業を続けたい意向を示したこと、また西村は、平成四年四月八日、債権者に対し、辞職を持ちかけたが、債権者はこれを拒否し、猿渡社長との話合いを求めたこと、猿渡社長及び西村は、同年四月一四日、債権者に対し、辞職を求めたこと、さらに同年四月には他の従業員に昇給があったが、債権者については昇給が行われなかったことが認められ、猿渡社長や西村は、遅くとも平成四年四月当時債権者を辞職させる意図をもっていたというべきである。そして、これまでに検討した事情に照らすと、債務者は、債権者を排除するため、CSKや田中亜鉛の案件で生じたトラブル等の責任を債権者に負わせ、本件解雇をなした可能性が高いというべきである。

六  以上の事情を総合すると、債務者がなした本件解雇は、債務者が主張する就業規則五三条二項四号、六号及び一三号所定の各懲戒解雇事由に該当する事実を認めることができないので、無効というべきである。

従って、債権者は、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあるということができる。

七  賃金仮払いについて

本件疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の全趣旨によると、債権者は、債務者からの賃金を唯一の収入とする労働者であること、賃金は、毎月一五日締めの二五日支払いで、一か月金五〇万円の定額で、年俸契約のために時間外賃金はなかったこと、債権者は、債務者からの賃金以外には特に資産がないことが認められ、これらの事情を考慮すると、債権者は、本件解雇がなされた平成四年八月以降一か月金五〇万円の賃金仮払いを求める必要があるというべきである。

もっとも、債権者が本案の第一審において勝訴すれば、仮執行の宣言を得ることによって仮払いと同一の目的を達することができるので、本案の第一審判決言渡時以降については必要性がないというべきである。

八  結論

そうすると、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文第一項及び第二項記載の限度で理由があるので、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので、これを却下することとする。

(裁判官 大段亨)

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